こんなおかしな泥棒がいる
vol.15 『スリ道』
その道の権威によると、日本のスリは器用さにかけては世界一なのだそうである。さて、その手口は・・・まず、服装であるが、当然"スリ"らしい格好をしているわけばなく、"一見紳士風"の服装をしている。 小道具としては、手提げ鞄・週刊誌もしくは新聞紙であり、これも普通のサラリーマンと全く変わらないわけだが、ただしこの小道具は犯行を隠すためのものである。
犯行開始。ターゲットを決めそっと寄って行き、そして人ごみや電車の振動を利用して、まずポンポンとアタってみる。アタってみて反応があれば、次はボタンを外しにかかる。吊皮にぶら下がっていて財布が背広の内ポケットに入っていたら、いくらスリが機敏でも手をのばすところを前の座席の人に見られるだろうというのは、安心の根拠とならない。死角がなければスリは死角を作るのである。新聞や週刊誌を読むふりをしながらグッと乗り出だして、目的の場所を隠してしまい、その新聞や週刊誌の影でサッと一瞬、やってしまう。これをその道で、"マクを張る"と呼んでいる。
ビクビク用心して目をよく開いて注意すると、今度はスリは手を変える。陽動作戦に出るのである。足元へ小銭をチャリンと落としたり、ハンカチを落としたり、コチョコチョと新聞や週刊誌の端で首や頬を小当りに当ってきたりする。そこでついこちらの目がそちらへ動くと、その瞬間、パッとやるのだ。
酔いくたびれて深夜の電車に乗ると、そこにもまたスリがいる。酔ったカモのことを、スリは"死んだ太郎"と呼んでいる。これを狙うのはよくよく下手な悪手とされている。ふつう酔いくたびれると人は顎をのけぞらし、後頭部を窓にもたせて寝たがる癖をもっている。そこをスリは狙う。彼は電車に揺れたふりをして、いきなりこちらの足を払うのである。すると私達は、ガクンと前へつんのめり、つんのめったはずみに、背広の前がひらいて、内ポケットがのぞく、その瞬間、サッと一瞬・・・。
スリは知能犯で技術犯であるが、ほとんど例外なく常習犯であって、"悪"の意識は、ほかのどの犯罪者よりも少ないものであるらしい。
彼らには"悔い"という意識がない。一生、電車と刑務所のあいだを往復して過ごすらしい。